2009年12月12日

後腎は腎管のように体腔に開いた口を一切持たず

後腎は腎管のように体腔に開いた口を一切持たず、多数のマルピーギ小体によって血液中の水分などをのみ漉し取る構造となっている。それらから続く腎細管は集まって独自の輸尿管によってこれを総排出腔へと導く。爬虫類以上のいわゆる羊膜類の成体の腎臓はすべてこれである。この類では前腎・中腎は発生の段階で出現するがすぐに退化する。
なお、系統的に近いとされる頭索類のナメクジウオでは咽頭部の背面側に腎管が対をなして並び、これが前腎に相同との見方がある。ただし、その排出口は個々に囲鰓腔に開いている。

これ以降の記述は主としてヒトの腎臓についてである。

ヒトの腎臓はソラマメの種子の様な形をしており、腹の裏側、横隔膜の下に一対ある。身体の右側には肝臓があるため、第11胸椎から第3腰椎位で肝臓によって圧迫されるため右腎は左腎よりやや低い位置にある。重さは約150g(ノート1冊分)で、縦約12cm、幅約6cm、厚さ約3cm。健康な人ならば、移植などで片方を失っても機能上問題は無い。 中央内側の部分はくぼんでおり、「腎門」と呼ばれる。ここには腎盂(腎盤)、腎動脈、腎静脈、輸尿管、リンパ管などが集まる。上部には副腎がある。
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組織学的には、ネフロンと呼ばれる機能単位からなり左右の腎臓それぞれ約120万個のネフロンを持つ。ネフロンはボーマン嚢と腎細管から構成されている。
ヒトの両腎臓は体重の0.3%を占めるに過ぎないが、心拍出量の20-25%を受け入れる。腎血流量は800-1200ml/分にも及ぶ。ごくわずかな部分が腎臓自体のガス交換、栄養・老廃物交換に用いられるが、ほとんどは糸球体での濾過を目的とする。腎臓に流入するほぼすべての血液は、大動脈から直接分岐した腎動脈に由来し、流出する血液は下大静脈に到る腎静脈を経る。

2009年12月01日

高橋裕子

高橋 裕子(たかはし ゆうこ、1954年 - )は、医学博士・内科医・奈良女子大学教授・京都大学予防医療クリニック担当医。奈良県奈良市出身。1978年京都大学医学部卒業、1985年京都大学大学院修了。

天理よろづ相談所病院などを経て、1994年奈良県の大和高田市立病院で内科部長に就任後、禁煙外来を開設。1997年よりメールマガジンやメーリングリストを利用した禁煙プログラム「禁煙マラソン」を主宰している。2002年、奈良女子大学保健管理センター教授、2003年から奈良女子大学大学院教授に就任。

禁煙マラソンの公式ホームページでは第1回(1997年)から第8回(2001年)までの禁煙開始より1年後の禁煙継続率は47.3 - 75.7%であるとしているが、あまりに高すぎる成功率から算出の際に分母から脱落症例が多数除かれているなど疑惑もあり、かつ、かつての参加者の中にも氏を快く思わないものがいたり[1]、下記の営利活動問題とともに他の禁煙治療医らからたびたび問題点が指摘されたりしている [2]。なお2002年以降の禁煙継続率は公開されていない。未成年者・法人に対する禁煙プログラムも実施しているが、その効果には客観的評価は行われていない。

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また、インターネット禁煙マラソンはボランティアによる支援を中心とした非営利事業と銘打ってきたが、「禁煙マラソン」や「パッチ&メール」を登録商標として他者の利用を許さない、あるいは2005年に慶應義塾大学SFCにて禁煙マラソン事務局長である三浦秀史が「メーリングリストを活用した本格的なソーシャルベンチャーとして事業を展開する」ことを明言しているなど、実質的にはネット・ビジネスを展開するベンチャー企業である。

一方で、医療は本来非営利であり、禁煙支援もその枠を外れるべきでないと考える医療者集団からは反目されており、日本禁煙医師歯科医師連盟や日本禁煙学会などからは再三にわたりその問題点が指摘(上述)されている。それらの批判をかわすように自らも禁煙に関する学会を立ち上げ「日本禁煙科学会」と標榜している。

2009年11月27日

患者のモラルの低下

高度医療を求める傾向から、軽症の患者が二次医療を提供する救急指定病院に休日や夜間に集中し、病院が本来の機能を果たせないという現象が生じている。また軽症での救急隊要請が増加しているため救急車が常に出動中となってしまうなどの問題も生じている。

また深夜の救急医療の場に「昼は仕事をしているので、今すぐ専門医に診てもらいたい」「3ヶ月前からおなかが痛い」「普段通院でもらっている薬が欲しい」「眠れない」「さみしい」「平日は会社・学校に行っていて日中には病院には行けない」など、救命救急の場にはそぐわない患者が来院するケースが目立ってきている。このため当直医の負担は著しく、当直の翌日が休みになる勤務態勢をしいている病院は少なく連続36時間以上働き続けることとなり、燃え尽き退職する医師や過労死をする医師も増えている。また自治体による小児医療の無料化に伴い、無料である気軽さから病院のコンビニ化が顕著となり小児科医の疲弊もすさまじくなっており、元々慢性的な過重労働であった小児科医の減少も著しくなっている。
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小児の救急疾患は重篤である場合が少なくないが、近年小児科を設置している病院の減少等もあり小児の救急医療体制が急務とされている。

出産取り扱いの予約をしているわけでもない病院の救急外来に押しかけ、強引に出産するケースが増えつつある。このようなケースでは分娩費用等を支払わないケースが多く、病院を経営面から圧迫している。また、妊娠しても出産ぎりぎりまで産科に行かない妊婦は、状況が不明なためリスク上、救急医が拒否する場合もある。

2009年11月13日

就職氷河期

就職氷河期(しゅうしょくひょうがき)とは、社会的に就職難となった時期の通称。狭義では新卒者の就職難を指すが、転職者も同様に就職難となった。

日本では、バブル崩壊後の就職が困難であった時期を差す語。就職雑誌『就職ジャーナル』が1992年11月号で提唱した造語。1994年の第11回新語・流行語大賞で審査員特選造語賞を受賞した。

1990年1月より株価の暴落が始まり、その後、地価やゴルフ会員権価格等も暴落し、「バブル崩壊」と呼ばれた。翌1991年2月を境に景気が後退する中で、バブル期の大規模な投資によって生じた「3つの過剰」(設備、雇用、債務)が企業業績にとって大きな桎梏となり、これらの中でも特に過剰な雇用による人件費を圧縮する為に、企業は軒並み新規採用の抑制を始めた。これによって、1993年から2005年に就職する新卒者が、困難な就職活動を強いられ、フリーターや派遣労働といった社会保険の無い非正規雇用(プレカリアート)に泣き寝入りする者が多数現れた。
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1994年入社予定者(高卒だと1975年生まれ、大卒だと1971年生まれ)の就職活動は、それまでの就職活動と明確に異なる対応を強いられた学生側の混乱もあり、「オイルショック以来の就職難」と言われた。1930年代の「大学は出たけれど」と同義語である「学歴難民」が徐々に増えて来たのもこの時期である。又、1992年から1993年にかけては、企業の急速な業績悪化で、学生が内定を取り消される事例が相次ぎ、問題になった。

2009年11月01日

低HDLコレステロール血症

血液中の高比重リポ蛋白(HDL)が少ない(40mg/dL未満)タイプの脂質異常症である。特に女性において、心血管疾患の重要なリスクファクターとなりうる。1997年の国民栄養調査では、日本人の男16%、女5%が該当する。この病態は脂質が足りなくて起こるため、高脂血症から脂質異常症へと改名される主な理由となった。

血液中にトリグリセリドが多く存在する(150mg/dL以上)タイプの脂質異常症である。1997年の国民栄養調査では、日本人の男45%、女33%が該当する。内臓脂肪型肥満の人に多い。一時期(米国ATP-IIのころ)、その心血管疾患との関連が疑問視されたが、現在ではやはり関連はあると考える人が多い。RLP-C(Remnant-like lipoprotein particles-cholesterol)が、高TG血症における動脈硬化発症への関与が示唆されている。
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喫煙や食生活の乱れ・運動不足・糖尿病などにより、血中脂質値が上昇した状態。食生活の改善や運動の習慣化などにより改善されることが多い。
LDLの代謝異常など先天的要因による脂質異常症で、治療回復が困難である。

I型家族性脂質異常症
末梢組織が血液中を循環するリポ蛋白から脂肪酸を受け取る際に使われるリポ蛋白リパーゼ、あるいはそれを活性化するアポ蛋白であるapo C-IIの機能不全により、血液中の脂肪が末梢に行き渡らず、血液中に増えるために起こる。血中カイロミクロン濃度の増加が見られる。

2009年10月21日

マイナス思考

マイナス思考(マイナスしこう)とは、物事を悲観的な方向に傾斜した考え方を行う傾向。ネガティブシンキング。

船井幸雄氏の造語。古くは「心配性」「取り越し苦労」などとも呼ばれたが、行動を起こす前に否定的な結論を出したり、想像をめぐらせたりして内向的になりやがて自己否定につながってゆく。多くは一つの失敗から、またこの次も失敗するだろうと考え、自分は何をしてもだめなんだ、どうせやってみても無駄だろうと脳内において負の連鎖が起こり何事にも消極的になる。原因は生まれつきの性格や小児期における親のしつけや教育、友達からのいじめや喧嘩などのなかで、否定的な思考を植え込まれたケースなどが考えられるが、最近の脳生理学的な研究によりセロトニンという脳内物質の不足との関係が指摘されている。
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マイナス思考を脳生理学見地から見れば、脳内の神経伝達物質であるモノアミンという物質の不足が原因であると考えられている。モノアミンには、セロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどがあるが、うつ病との関係も指摘される。うつ病では特に、セロトニンの影響が大きく関わっており、セロトニンが減少することによって自律神経の制御がうまく機能できなくなり、うつ状態が生じる。うつ病の代表的治療薬であるSSRIには、セロトニンを再吸収するセロトニン・トランスポーターを阻害(セロトニン・レセプターの中でも特に5-HT2レセプターが減少)することで、シナプス間隙のセロトニンの量を増やす働きがある。

2009年06月21日

地方紙(ちほうし)は、特定の地方を領域とする

地方紙(ちほうし)は、特定の地方を領域とする新聞である。一方で一国の全域又はほぼ全域を対象とする新聞は全国紙。

明確な定義は存在しないが、発行部数や発行エリア、発行シェアによって地方紙の分類を行うことがある。 また、地方紙と地域紙を別のものと考え、県域より広い範囲を配布域とするブロック紙と県紙(それに準じる第二県紙等)を狭義の地方紙とし、地域紙を除外して捉えることも多い。

一般的には全国紙、ブロック三紙(北海道新聞、中日新聞、西日本新聞)以外で、発行エリアが一府県の全域にわたる新聞を指す。多くは、第二次大戦下の「一県一紙」統制時に、多数の新聞を統合してその県の唯一の地元紙として成立した新聞であるが、戦後に創刊され、これに準じる配布域をもつ新聞も含まれるのが普通である。
日本新聞協会では、単に全国紙、三大ブロック紙以外の新聞という意味で用いている。(夕刊フジと内外タイムスを含む) [要出典]
地域に密着した編集方針や、府県における発行シェアを誇る意味で用いる場合がある。(県民紙)
フェスティバル
インテリアデザイン
インターネット電話
ボブスレー
織物
トライアスロン
法医学
フィギュア
悪性高熱症
予備校
影絵
恒星
野生動物
保険
物理化学
公務員
卓球
エレクトロニクス
スケートボード
エンジニアリング

第二県紙 [編集]
県域内における政治的対立等の事情により、従来の県紙に対抗して創刊された新聞を指す。後述の「第二地方紙」に比べて、政治的意味合いが強い場合に使用される。
福島民友を唯一の例外として(県紙は福島民報)、県紙に匹敵する部数を確保している第二県紙は存在しない。また、かつての第二県紙は廃刊に追い込まれる例が、近年、特に1990年代以降、目立つようになっている(以下、年号は休廃刊年:日刊新愛媛1986年、フクニチ新聞1992年、栃木新聞1994年、北海タイムス1998年、新いばらき2003年、鹿児島新報2004年)。この他、1992年には大手新聞社の中日新聞社が日刊福井(1977年創刊)の経営を引き継いだ例もある(1994年に日刊県民福井に改題し、中日新聞社の発行になる)。
なお、紙勢が拮抗する沖縄県の有力2紙(琉球新報、沖縄タイムス)は、いずれも県紙ではなく(県紙は沖縄新聞)、県紙と第二県紙という関係ではない。

地域紙(地域新聞) [編集]
発行エリアが都道府県の一部にとどまる新聞を指す。ただし、デーリー東北のように複数の県にまたがって配布されているものもある。
狭義にとる場合の「地方紙」は、地域紙を含まない。
有力な日刊地域紙は、地元市町村で県紙や他の新聞を上回る世帯普及率に達していることが多い。また、一部の有力な日刊地域紙は、小規模な県紙に匹敵する発行部数をもち、日本新聞協会に加盟している例もある。
離島部や、北海道の北部・東部など、県紙以上の規模の新聞の影響力が及びにくい地域や、歴史的経緯の中で県紙が無くなったり弱体化した県(和歌山県、山口県など)では、小規模ではあっても地元市町村で高い世帯普及率に達し、地元での影響力も大きい地域紙が存在していることが多い。

2009年06月03日

購買力平価説

購買力平価説(こうばいりょくへいかせつ, Purchasing Power Parity Theory ,PPP)とは、外国為替レートの決定要因を説明する概念の一つで、為替レートは自国通貨と外国通貨の購買力の比率によって決定される、という説である。1921年にスウェーデンの経済学者グスタフ・カッセルが外国為替の購買力平価説として発表した。

基準になるのは、米国での商品価格とUSドルである。

物やサービスの価格は、通貨の購買力を表し、財やサービスの取引が自由に行える市場では、同じ商品の価格は1つに決まる(一物一価の法則)。

一物一価が成り立つとき、国内でも海外でも、同じ商品の価格は同じ価格で取引されるので、2国間の為替相場は2国間の同じ商品を同じ価格にするように動き、均衡する。この均衡した為替相場を指して、購買力平価ということもある。

購買力平価=(1海外通貨単位(基軸通貨であるUSドルが使われることが多い)あたりの円貨額(やその他の海外通貨)で表示した)均衡為替相場=日本での価格(円)÷海外(米国)での価格(現地通貨)

実際には、為替相場が厳密に購買力平価の状態になっていて、かつ2つの貨幣による経済のインフレ、デフレなどがそのまま為替相場に反映され購買力平価の状態が保たれる、ということはないと考えられている。為替相場は購買力の他にも様々な要因によって影響されるためである。但し、購買力平価から大きく乖離した状態が長期的に続くことは難しいと考えられている。
産業 香水 興信所 運勢 キャッシング 養育 健康 損害保険 生活習慣病 衣料 セミナー 寝具 パソコン ホテル しみ取り 水族館 ケア 金融 ペット 建売 運送 わきが アウトドア アロマ バイク 海外留学 信越北陸 学習 公園 審美歯科 探偵 健康 しわ取り 信託 ポイント 興信所 結婚 わきが 通信販売 自動車 ペット 学習指導 近畿東海 ネイル 旅行 しみ取り ビジネス 仏具 介護サービス 調査

為替相場は2国における物価水準の変化率に連動するという考え方。またはそれによって求められる為替相場。 正常な自由貿易が行われていたときの為替相場を基準にして、その後の物価上昇率の変化から求められる。現在はこの求め方が主流となっている。

相対的購買力平価=基準時点の為替相場×日本の物価指数÷海外の物価指数

基準時点については、(日米間の場合)日米ともに経常収支が均衡し、政治的圧力も無く自然に為替取引が行われていた1973年(特に4?6月期の平均=1ドル265円)が選ばれている。

多くの研究者によって推計が試みられているが、国連の提唱により国際比較プログラム(ICP)が実施され、現在は主にこの結果が利用されている。 

ICP事業は主にGDP比較の目的で1969年から実施されており、1993年(1990年を対象とした調査)以降は OECD / Eurostat のみで続けられたが、2005年を対象に再び世界規模の調査が実施され、2007年末に世界銀行より結果が公表された。(ただし2005年のみならず、過去一度も調査に参加していない国も多数ある。)

2009年04月30日

奴隷労働は重要性を持たず

北アメリカ大陸に黒人が奴隷として連れてこられたのは、1619年にオランダ商人が黒人奴隷をバージニア植民地に売ったのが最初であった。だがその後半世紀、奴隷労働は重要性を持たず、法的な整備もなされていなかった。黒人奴隷は単なる無期限の契約奉公人として扱われ、プランテーションでは主要な労働力を年季契約奉公人に依存していた。1680年に4万4000人の人口を持っていたバージニア植民地には1万1000人の年季契約奉公人がいたが、黒人の数は3000人に過ぎなかった。

バージニア植民地で黒人奴隷の輸入が増え、奴隷人口が目立って増加し始めたのは1680年代からであった。1720年には黒人奴隷の数は総人口6万6000人のうち1万3000人を占めるようになった。バージニア植民地において労働力の供給源を白人の年季契約奉公人から黒人奴隷に切り替えたのは、ベイコンの反乱がきっかけであり、奴隷労働に依存するほうが社会的安定が保たれると考えたからである。

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奴隷人口の増加が顕著になってくると、各植民地では奴隷に関する法規が整備され、法的にも確立した制度となった。バージニア植民地では1657年に黒人の年季奉公人に関しては「年季の追加をもってしても損害の賠償は不可能」と定められたが、これは1740年代から慣習となっていたものを確認したものであった。また1661年に、黒人女性の生んだ子供の身分は父親の身分にかかわらず奴隷の身分を受け継ぐことが明文化され、1667年には奴隷が洗礼を受けても自由身分となることはできないと定められた。

その後次々に奴隷に関する法規が作られ、1705年には包括的な奴隷法が制定された。この法律はそれまでの慣習を集大成したもので、既にバージニア植民地における奴隷制に確固としたものになっていた。奴隷に関する法規は奴隷の身分を規定するだけでなく、奴隷を管理することを目的とするようになった。1723年には労働や礼拝以外の目的のための奴隷の集会を禁止し、逃亡を重罪とし、暴動を謀議したものを死罪と定めた。

2009年04月15日

乳香(にゅうこう)

乳香(にゅうこう)とはムクロジ目カンラン科ボスウェリア属の樹木から分泌される樹脂のことである。 オリバナム(Olibanum、アラビア語で乳を意味する ??? から派生した言葉「Al-luban, ??????」に由来)、フランキンセンス(あるいはフランクインセンス、Frankincense、古代フランス語で真正な香を意味する)とも呼ばれている。 焚いて香として、または香水などに使用する香料の原料として利用されている。

ボスウェリア属の樹木はインド、オマーンなどの南アラビア、ソマリアなどの東アフリカに分布している。 これらの樹皮から分泌された樹液は空気に触れると乳白色?橙色の涙滴状の塊となる。その様子から乳香の名がつけられた。 これらの樹脂の性質は、樹木の種類や産地によって大きく異なる。 良質とされるものの商業的な生産は主にオマーンで行なわれており、乾季の間に天然ゴムの生産と同様に樹皮に傷をつけてそこに固まる樹脂を採取している。

乳香は紀元前40世紀にはエジプトの墳墓から埋葬品として発掘されているため、このころにはすでに焚いて香として利用されていたと推定されている。 古代エジプトでは神に捧げるための神聖な香として用いられていた。 神に捧げるための香という点は古代のユダヤ人たちにも受け継がれており、聖書にも神に捧げる香の調合に乳香の記述が見られる。 また、東方の三博士がイエス・キリストに捧げた3つの贈り物の中にも神の象徴として乳香がある。 日本にも10世紀には薫香の処方内への記述が現れるため、このころにシルクロードを通じて伝来したものと考えられている。

日本正教会を含む正教会では、現代でも香炉に乳香を使い、奉神礼で頻繁に用いる。振り香炉にも乳香が用いられる。

香水などへの使用が行なわれるようになったのは16世紀に入ってからであり、乳香を水蒸気蒸留したエッセンシャルオイルや溶剤抽出物であるレジノイドがこの用途に用いられるようになった。

また、鎮痛、排膿、止血作用があり、主に膏薬(狗皮膏など)の原料として使われる。

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